2011年 6月 25日更新





                             岡崎 宏

 426日は前日とは打って変わって暖かく晴れ渡り、総勢26名が
午前
10時半に東武野田線の野田市駅に集った。酒井幹事の先導で駅から10分ほど歩き、茂木本家美術館(MOMOA)に着いた。MOMOAではボストン会元会長であり、本日の見学会を快諾していただいた茂木賢三郎氏が、奥様であり館長の茂木瓊子様とともに出迎えてくださった。

 MOMOAの建物は、彦坂裕氏の設計。ゆっくりと楽しんで鑑賞出来るよう、随所に遊び心を持たせた造りになっている。入口を入るとまっすぐに目に入るのは、土蔵と百日紅の木が見え、窓枠が額縁になった自然の絵である。窓の近くに寄ると美女の彫刻と並んで外を見ることができ、後ずさりすると床の大理石が窓外の風景を逆さに写すという仕掛けである。

 ファウンダーズサロンには、梅原龍三郎氏が絵の具のチューブから搾り出して描いた鯛の絵が掛かっていた。傍らには小倉遊亀氏の葡萄、梅、徳利の3枚の絵が掛かり、陳列棚には彫刻や器などがある。しかも器の敷物を江戸小紋にするなど、細部にまで拘った展示になっている。富士山の絵だけを集めた部屋には、それぞれの絵の富士山の頂が同じ高さになるように配置したり、本来絵を掛ける場所に窓をあけたり、夕暮れの富士山の絵の天井には月の写真を貼ったり、立ち居地によっては富士山とヒマラヤの絵が反対側に見えるなど、実に楽しく鑑賞できる。

白い円柱が並んだ部屋は、庭を見るための場所であり、先祖代々伝わる稲荷神社がうっそうと茂る木々を背景に見える。庭に出ると、お社や井戸の周りの4枚の狐の透彫りなどを見ることができる。浮世絵の部屋は定期的に展示を変えており、今は相撲絵であった。学芸員の加納靖子さんの説明で、春好、豊国、国貞などが描いた力士の絵を楽しんだ。

食事をしながら、途中で具合の悪くなった三好幹事に代わり、茂木賢三郎氏から茂木家の出自やキッコウマンの歴史を伺った。茂木家は遠く大阪夏の陣に遡る武士の家系であり、真木頼徳が討死した後、妻のしげが幼子を抱えて野田に逃げてきたことに発する。初代の七左衛門氏から数えて12代目が103歳でなおご健在とのこと。野田に来た頃の辛さを忘れないため、今でも正月に餅を食べず、蕎麦とひもかわを摂るとのこと。

その後、キッコウマンのもの知りしょうゆ館に向かい、醤油の出来る工程を見学した。野田は近くに江戸川が流れており、できた製品は川を利用して江戸まで運ぶことが出来るという地の利があった。現在の工場は、品質を均一に保つため自動機械化されているが、製法の基本は江戸時代から変わらないとのこと。見学終了後、カフェで3種の醤油の味の違いを楽しみ、帰途に着いた。

MOMOAは小規模ながら実に贅沢な美術館である。茂木さんご夫妻に感謝。

日本ボストン会 The Boston Association of Japan

「茂木本家美術館ともの知り醤油館見学」
          参加報告

日本ボストン会 The Boston Association of Japan